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こんにちは。

木村拓哉はカローラ・フィルダーのキャラクターを降ろされてしまうのでしょうか。あれだけの有名人で、東北支援にも熱く、浮いたうわさも無いのに、ちょっとスピード狂だというだけで、残念なことですね^^

さて、今日のテキストは、学校では教わらないし、人気が無いのにやり続けている例のアレです。どう思いますか?

比曇の乱

新羅の善徳女王(632~647)時代、和白(新羅の部落会議に源をもつ全員一致の合議政体)の筆頭であった比曇が女王ではダメだといって、王位をねらい、647年正月に反乱を起こしました。このとき、王子の金春秋(のち、新羅30代文武王)と重臣の金庚信が比曇を誅殺しました。

大化の改新

皇極女王(642~645)の時代、時の最高権力者・大臣の蘇我入鹿が王位を狙いました。このとき、645年6月に中大兄皇子(のち、天智天皇)と重臣の中臣鎌足が入鹿を誅殺しました。

中大兄皇子と中臣鎌足が出会ったきっかけは、蹴鞠の御遊会で、中大兄皇子がけった鞠がたまたま鎌足のほうへ飛んできたので、鎌足はそのまりを拾い上げて皇子に渡し、皇子に、「実は自分も蘇我氏を憎んでいる」とささやきます。それがきっかけで、二人はたびたび密かに会い作戦を立てました。

比曇の乱

金春秋と金庚信(ユシン)が出会ったきっかけは、蹴鞠の御遊会で、金春秋の服の紐(ひも)を踏んで、引きちぎってしまいました。これは申し訳ない。 幸い私のうちが近いから来てください。縫わせましょう」そういって家に案内し酒などを出させてもてなし、二人は無二の親友になり後の統一新羅を作ります。

そのとき、靴を縫わせようと妹の宝姫を呼んだのですが、宝姫は出てこないで、末のの文姫が針と糸をもってきて紐を縫いつけました。春秋はその美しい姫の態度や物腰に一目ぼれして結婚します。
金庚信は姉の宝姫を金春秋に嫁がせようとしたのですが、妹文姫が代わって嫁いだようですね^^

大化の改新

中臣鎌足は中大兄にいいいます。「入鹿を倒すには有力者を味方にする必要があります。有力者の蘇我倉山田麻呂の長女を妃してください。その後、彼に計画をうちあけましょう」中大兄はその計略に従いますが、結婚式の晩、山田麻呂の異母弟の身狭(むさし)臣が花嫁を横取りしてしまいます。

山田麻呂はなすすべも無く慌てふためきます。すると姫が父に、「なにもご心配なさることはありません。私をさしあげてください」と告げ、山田麻呂は喜んでその少女を花嫁としておくり、「皇子にお味方申しあげます」と誓いました。

天智天皇と金春秋、中臣鎌足と金庚信、『日本書紀』と『三国史記』。

倭国最後の大王・天智は日本国最初の天皇・天武に実の娘を4人も嫁がせているんですね。「弟」なのに。白村江から壬申の乱にかけて。このあたりに日本国成立の鍵があると思います。



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